被災地・閖上で、ゆかりの『なつかしい未来へ』を歌う!

震災から15年という3月11日が近づく。「記念日」と思っているのはメディアの人間だけで、「思い出したくもない日」という当事者の言葉を聴いた。2月24日、名取市の被災地・閖上の中央集会所であった、私の参加するレクイエム・プロジェクト仙台合唱団と地元閖上の皆さんとの交流コンサートでのこと。<仙台放送が取材・放映してくれました 震災から15年 歌で記憶をつなぐ「レクイエムプロジェクト仙台合唱団」 被災者の体験から生まれた合唱曲 (26/02/25 16:59)>

メディアの人間の一人である私も、河北新報の記者だった当時の「あの日」から1年、また1年と数え取材を重ねてきた。被災地・被災者と呼ばれるようになった広く同郷の人たちの境遇と暮らし、ふるさとの風景の変容、国がスローガンに掲げ進める「復興」と、当事者の心を引き裂くような現実とのギャップ、矛盾、無残さ…。その地にとどまり記録する者の目にも、年に一度やって来ての「記念日報道」に何がわかるのか、と思っていた。「終戦記念日と同じで、忘れられぬためによいこと」という某局のディレクターと、あるシンポで激論も交わした。

閖上には尚絅学院大(名取市)の授業で、5年、6年と関わらせていただく。学生たちが出会うべき地元の被災地として毎年、閖上中央町内会の長沼俊幸さんにお世話になり、現地の視察と住民の方々のインタビューをし、それぞれの視点と問題意識で記事を書く。当事者の声の伝承者、記憶の継承者を育てるーという、地元の大学として果たすべき役割と考えてきた。
長沼さんはお忙しい中、教室でも受講生との質疑も愛着を持って重ねてきていただいた。閖上には、尚絅の学生ボランティアサークル「TASKI」も長年、町内会の「お茶会」などの手助けに通っており、津波でふるさとの町と愛着ある暮らし、家族や仲間を失った方々からは、子どもたち、孫たちのようにかわいがってもらってきた。

また話が長くなってしまうが、そうして時を重ねた人の縁があってこそ、閖上の皆さんと温め実現した交流コンサートだった。仙台合唱団の仲間が20人余り参加し、披露したのは、閖上ゆかりの歌。大学生が地元の年配者たちの体験を聴き、語り合う姿から、私が詩を書かせてもらった『夢を継ぐもの』(作曲はレクイエム・プロジェクト主宰者の上田益さん)。そして、形だけの「復興」でない、あの日失ったふるさとの姿や暮らし、同胞の思い、亡くなった愛する人々の夢や伝言を受け継いで生きる未来を共に、と謳う『なつかしい未来へ』(上田さん作曲)。やはり、長沼さんら閖上の人々との交流や時々の取材での言葉から生まれた詩だ。
上田さんが指揮した合唱団有志たちの歌に、集会所で聴いてくださった皆さんは涙ぐみ、「歌の力のすばらしさを知りました」と語ってくれた。合唱に交じった私も、歌が脈々と伝わり、会場がつながっている実感に、歌いながら涙が込み上げてきた。 後半は、佐賀慶子さんの指揮、構成で、地元の方々が大好きな「昭和歌謡パレード」で盛り上がり、みんなで歌い笑った。尚絅のボランティア学生たちも一緒に。縁に感謝しながら、泣き笑いの日になった。

☆「レクイエムプロジェクト仙台2026」演奏会は5月3日、電力ホールで https://www.requiem-project.com/_files/ugd/cb51c6_121e8922c4eb4e4ab86ff63af54d1172.pdf