震災15年を「歌」でたどる連載『東日本大震災15年「とどけ、なつかしい未来へ 被災地から生まれた歌よ」』の1回目は、筆者の古里・相馬から!

 これは二度目の紹介文です。東日本大震災という「あの日」から15年の連載を始め、その1回目の紹介文を書いてみて、そんな甘いものではだめだと胸に問うものからダメ出しされました。それでもう一度書いてみます(それは本来、私の人生の長さなどで書き終われぬものです…)。

あの3月15日からまもなく15年ですね。過去ではなく、「あの日」からの一日一日に起きたこと、立ち会った光景、出会った人たちの姿・言葉、湧きあがった感情や思いが一つにつながって、遡れば無間地獄のように何も終わらぬ苦しさ、忘却されることへの怒り、「あの時はね…」と再会し語り合える今への安堵と感謝、もう逢えぬ人や場所へを想う切なさ…言葉に尽くせぬものが後から後からこみ上げます。

 私は縁あってそれを詩に書き、作曲家上田益さんが『また逢える』、『なつかしい未来へ』という二つの合唱組曲に編みました(5月に仙台で演奏会があります)。その一曲一曲の詩にまつわる「あの日」と現在まで15年をつなぐ連載を始めました。2月5日にアップされた記事には、津波と原発事故と闘った相馬の浜の漁師たちの姿を、津波から生還した同級生の凄絶な体験を書きました。お読みいただけたらうれしいです。TOHOKU360の連載『東日本大震災15年「とどけ、なつかしい未来へ 被災地から生まれた歌よ」』1回目です。
 (連載のプロローグ<歌を生きる支えに追悼の音楽会【石巻】
老舗菓子店を水没させた津波 >は1月22日にアップされています、ご覧ください https://tohoku360.com/requiem2026/
①岸壁で丸々としたトラフグの水揚げを見る池田さん(左端)=2026年1月8日、相馬市の相馬漁港・荷さばき場前
② 第一波の津波の後に撮られた相馬双葉漁協屋上(中央奥)の池田さんら。沖には白い山脈のように津波が迫る=2011年3月11日、相馬市(提供写真)

③ 決死の沖出しで津波から生還した相馬の漁船群。原発事故のため岸壁に留め置かれた=2011年4月7日、相馬市

④ 試験操業の日々にも「漁師の本分を尽くす」と仮設納屋で網を編んだ今野智光さん=2014年3月10日、相馬市尾浜

⑤ 津波でトンネル内に運ばれた地蔵たち。海に向かって祈る姿に見えた=2011年3月26日、相馬市の松川浦