よく聞く「ウェルビーイング(Well-being)」って何だろう? 本当の意味とは? 東北工業大であった学会セッションを聴いて、考えました。
【CafeVita91】 「ウェルビーイング」って何だろう? 東北工業大での議論を聴いて考えてみた
ウェルビーイング(wellbeing)という言葉、とても気になっていた。昨年参加した日本医学ジャーナリスト協会西日本支部(代表・藤野博司さん)のシンポジウムで、日本医師会名誉会長の横倉義武さんは「ウエル・ビーイングとワンヘルス~人・動物・生態系の健康」との演題で、人間とペット、地球の生態系まで健康であってこそ幸福―と語り、人それぞれにウェルビーイングの世界があると思った。
仙台の東北工業大で先日、日本コミュニケーション学会の大会があり、実行委員長を務める宮曽根美香さん(同大教授)と尚絅学院大の講師室で知り合った縁から、ご自身が登壇する「地域とウェルビーイング」というセッションを聴かせてもらった。 そして、ウェルビーイングには主観と客観、心理と経済など、多様な視点からの分析、研究がなされていると知った(発表者は宮曽根さん、二瀬由理さん、金井辰郎さん)。そこに、自分の現場を考えるヒントもあった。
幸せを感じるというより、それが持続した状態で、他者との関わりが当然ある。まず、「PERUMAの法則」(セリグマンが提唱)。Pはポジティブな感情、Eはエンゲージメント(活動への関わりと満足)、Rは良い人間関係、Mは意義や目的、Aは達成感~の5つの要素があり、それに満足してウェルビーイングはあるという。
世論調査で有名なギャラップ社のリサーチによる構成要素もあり、それは・仕事が好きで満足 ・人間関係が良い ・経済状態が良い ・体の状態が良い ・属するコミュニティーとの良い関わり~で、それは幸せだろうと納得の話ではある。
他方、ハーバード大は80年以上も人の幸福度調査を続けており、そこでは、他者との良いコミュニケーション(持続的な)を有することが重要としているそうだ。
お金を持ち、富に恵まれた人は幸せを感じているかというと、そうではない(「イースタリンの逆説」)。年間所得の伸びがある線を越えると、幸福度と相関がみられなくなるという。GDPと国民個々の生活満足度の乖離を考えれば分かる。
仙台市も2003年と東日本大震災を挟んだ2017年に、市民100人余りを対象に幸福度を問う調査した。幸福を感じると答えたのは、いずれの年も男女とも3割を超える人で、子どものいる人が高く、個人の収入では差があまりなかったという。「家族の存在を自分の一部とみなし、個人よりは家族の豊かさを重視している。(2017年は)“震災後”の影響も強いかもしれない」と二瀬さん(九州大教授)は語った。
宮曽根さんらは独自に「まちづくりの視点」からのウェルビーイングも研究している。国が補助金付きで後押しした「コンパクトシティ」(人口減少の中で都市機能を効率的に集中する手法)が実を結ばず、その反省から「ウェルビーイングを取り込む二拠点居住を政策にできないか」と金井さん(東北工大教授)は提案した。
テレビ番組の『ぽつんと一軒家』や『大改造!劇的ビフォーアフター』に高い視聴率があるのも、「自伝的な記憶を多くの人が共有したいから」と金井さんは言う。また今年1月に大地震が起きた能登半島で、(交通面など)不便はあっても多くても住民が留まりたいという理由も、良い記憶の共有が幸福度につながってきたから―とみている。
「二拠点居住は、お金や不便さのほかに“人間関係のわずらわしさ”がネックに挙げられていたが、よりウェルビーイングにつながる『地縁回復型』はどうか」と提案した。どういう意味なのか? つまり「地縁のある人が、ない人を連れ帰る」「土地に所属させるのでなく、接続させる」イメージだという。
ここまでセッションを聴くと、筆者にも「地縁回復型の」実例が浮かんだ。ニュースサイト【TOHOKU360】で紹介した5月27日の記事(「消滅可能性」は変えられる。東北へ、地方へ人を呼び戻す「里帰り応援プロジェクト」とは?)で、取材先の仙台の人材紹介会社の社長が「震災後、そしてコロナ明けに東京などからUターン、Iターンが増えており、夫や妻を東北の郷里に連れ帰る人が多い」と語っている。
人の暮らしの温もり、自然豊かな環境、のんびりした時の流れなど、田舎の良い価値を人生の記憶として知る人が、これからの人生を模索するパートナーの水先案内人になり、「ウェルビーイング」に接続させる。移住のハードルも下がろう。
名取市に住む筆者の周囲にもそんなリタイア世代の夫婦らがいる。筆者はまた、山形の妻の実家の事情で畑仕事を引き継いで週末などに通い、地元の農家と知り合ってアドバイスをもらい、また野菜や山菜、果樹をいただき、リフレッシュを楽しめている。それも水先案内された「二拠点居住」生活とも考えることができた。
筆者はまた、神戸の震災以来、東北でも能登でも“三十年一日”と感じる被災者たちの避難所生活、災害公営住宅づくりなどにこそ、「ウェルビーイング」は最優先に生かされるべきだ、と考えた。その視点が全く欠けていたのではないか?