雑誌の連載
- 連載「心に翼ある限り 生きる、飯舘に帰る日まで」(『婦人之友』2014年1月~12月号 婦人之友社)
雑誌への寄稿
2019年
- 「トリチウム水に懸念深まる福島 解決の責任を国は果たすべきだ」(2019年 『ジャーナリズム』No.346 朝日新聞社)
2018年
- 「『新聞なくても困らぬ』若者に再発見される努力を続けよう」(2018年 『ジャーナリズム』No.343 朝日新聞社)
- 「東北の被災地から見た豪雨 空と陸から襲った『津波』」(2018年 『ジャーナリズム』No.340 朝日新聞社)
- 「大川小の「止まった刻」 新たに掘り起こし検証」(2018年 『ジャーナリズム』No.337 朝日新聞社)
- 「福島第1原発のトリチウム水 海洋放出の是非 議論広げよ」(2018年 『ジャーナリズム』No.334 朝日新聞社)
2017年
- 「『町おこし』でなく『町残し』 避難指示解除とは何だったか」(2017年 『ジャーナリズム』No.330 朝日新聞社)
- 「いじめ自死で役割果たせぬ教委. 遺族たちの不信と国介入の危機」(2017年 『ジャーナリズム』No.326 朝日新聞社)
- 「沖縄と原発事故に重なる中央の周縁視現場の声と事実を伝える地元紙の使命」(2017年 『ジャーナリズム』No.322 朝日新聞社)
2016年
- 「『復興加速』とは真逆の風景広がる 被災地に遅発性PTSD多発の懸念も」(2016年 『ジャーナリズム』No.318 朝日新聞社)
- 「現実の遠い彼方にある幻夢 東北の被災地からみた『復興五輪』」(2016年 岩波『世界』2月号)
- 「被災地で聞かれぬ言葉 当事者の言葉」(2016年 『復興』13・14・15合併号 日本災害復興学会)
- 「「震災」は風化を拒否している 被災地の新聞が伝える使命とは?」(2016年 『ジャーナリズム』No.314 朝日新聞社)
- 「どこに「復興」があるというのか? 被災地で苦悩し続ける人々の記録」(2016年 『ジャーナリズム』No.309 朝日新聞社)
2015年
- 「どう乗りこえるか、風化と風評 マス倫懇大会で見えてきた課題」(2015年 『ジャーナリズム』No.307 朝日新聞社)
- 「大震災の幕引きにかじを切った政治 忘れられる被災地の声」(2015年 『ジャーナリズム』No.305 朝日新聞社)
- 「福島第1原発事故の被災地、福島県相馬地方の復興遅れの実相」(2015年 「東日本大震災復興研究」所収 早稲田大学出版部)
- 「被災地で生き、働き、暮らすということ」「被災地漁業の風評被害」「仮設住宅の現在」(2015年 『現代用語の基礎知識2015』 自由国民社)
2014年
- 「長き冬に小さな希望の種を育て~飯舘村・松川第1仮設の3年」(2014年 『婦人之友』4月号 婦人之友社)
- 「生業に復活いまだ遠く 苦闘続く福島の漁の民、農の民」(2014年 『部落解放』3月号 解放出版社)
- 「『自殺』から『自死』へ 当事者取材の現場で知る言葉の違いの意味」(2014年 『ジャーナリズム』No.295 朝日新聞社)
- 「戦後69年の夏に響くもの、重なるもの 2・26事件の青年将校遺族を取材して」(2014年 『ジャーナリズム』No.293 朝日新聞社)
- 「震災4年目に立ちはだかる『風評』の壁 見えない現実をどう伝えるか」(2014年 『ジャーナリズム』No.291 朝日新聞社)
- 「新聞は子どもたちを『発見』している最中だ 河北新報の『こども新聞』作りの現場から」(2014年 『ジャーナリズム』No.284 朝日新聞社)
- 「避難地区再編と被災地のいま」「汚染水海洋流出」(2014年 『現代用語の基礎知識2014』 自由国民社)
2013年
- 「被災地で取材者はどう変わったか? 当事者との間の『壁』を超えるには」(2013年 『ジャーナリズム』No.284 朝日新聞社)
- 「『一山百文』の歴史を踏まえ 原発事故と東北を問い直す」(2013年 『ジャーナリズム』No.277 朝日新聞社)
- 「アベノミクスの狂乱の影で、置き去りにされる東北の被災地」(2013年 『世界』8月号 岩波書店)
- 「震災から2年半、新たな試練に耐える福島の浜」(2013年 『リベラルタイム』10月号 リベラルタイム出版)
- 「復興の主体は誰か? 被災地に生まれた『自助』の支援」(2013年 『建築雑誌』3月号 日本建築学会)
2012年
- 「3.11から1年半~被災地の今」(2012年 『新鐘』No.79 早稲田大学学生部)
- 「河北新報編集局の1年 渦中の経験と教訓を生かす」(2012年 『ジャーナリズム』No.263 朝日新聞社)
- 季刊「震災学」創刊号(2012年 共著・東北学院大編)
- ブログは新聞の発信力を強める-風評、風化の『見えない壁』の向こうにつながりを求め」(2012年 『新聞研究』No.732 日本新聞協会)
- 「被災地の新聞記者として」(2012年 『早稲田学報』4月号 早稲田大学校友会)
2011年
- 「再び『つながるメディア』めざして 大震災下の地元紙・河北新報」(2011年 『ジャーナリズム』No.253 朝日新聞社)
- 「福島の被災者は怒る、問う、求める」(2011年 『ATOMOS』10月号 日本原子力学会)
- 「現場ぐるみで新人を育てる河北新報の『マンツーマン』指導」(2011年 『ジャーナリズム』No.250 朝日新聞社)
~2010年
- 「地域の当事者の発信を助ける『つながるジャーナリズム』」(2010年 『ジャーナリズム』No.239 朝日新聞社)
- 「地域で生きるジャーナリスト像とは-当事者の発信を助け、つながる『個』のメディアへ-」(2010年 『放送メディア研究』No.7 NHK放送文化研究所)
- 「地域コミュニティーとどうつながるか-『当事者の発信』を支援する地方紙の新たな可能性」(2008年 『新聞研究』No.686 日本新聞協会)
- 「二・二六事件に殉じた兄よ 七十余年の時を越えて」 (2008年 『津軽学』4号 津軽に学ぶ会)
- 「シビック・ジャーナリズムと地方紙」(2006年 『仙台都市研究』VOL.5 東北都市学会)
- 「東北というトポスと舞台」(2005年 『舞台評論』2 東北芸術工科大東北研究センター)
- 「東北と米国~地方紙記者から見えたもの」(2004年 『まんだら』VOL.21 東北芸術工科大東北研究センター)