【CafeVita84】上田益さんとの新しい歌『証―なつかしい未来へ』に、レクイエムプロジェクト仙台の練習で初めて触れる
作曲家・上田益(すすむ)さんは年の瀬の今も、日本を西へ東へと忙しい。兵庫県佐用町、神戸、長崎、東京、そして仙台。大きな災害や戦災のあった街々の深い悲しみと明日へのあたたかな希望を、地元の詩人たちと共に歌に編み、共感でつながる人々と合唱を響かせている。
大震災被災地の神戸で2009年に生まれた「レクイエムプロジェクト」の主宰者。追悼のイベント「神戸ルミナリエ」で長く手掛けた音楽の力に、土地土地の記憶の伝え手たちの詩をめぐり合わせ、これまで20作を超えるオリジナルの合唱組曲に結晶させた。上田さんと各地の合唱団は毎年、被災地、被爆地発の「歌による伝承と祈り、希望のレクイエム」のコンサートを催して多くの人の心を集わせ、広くつないでいる。
そんな上田さんの新しい曲の練習用譜面を手にしたのは、今月のレクイエムプロジェクト仙台の練習で。タイトルは『証(あかし)―なつかしい未来へ』。ピアノ奏者の方の指から流れ出したのは、おだやかで、たおやかなメロディーと響き。続く合唱が歌い出すのは、あたたかな薄日の差すような早春の海辺の景色―。
上田さんの依頼をいただき、私が詩を書かせてもらった2作目の合唱組曲(4曲構成)のうちの生まれたての1曲で、最初に仙台の合唱団に届けられた楽譜である。どんな曲が編まれるのか、わくわくとして待っていた胸はゆったり、ゆったりと満たされた。
その詩が浮かんだのは、今年の3月11日の名取市閖上。追悼の白い百合が多くの手で献花されていた午後、潮騒の誘われて新しい防潮堤の向こうの浜を歩いた時だった。その光景と日差しのぬくもりが、上田さんの曲とともによみがえった。合唱団の仲間たちに一節ずつ歌われ始めてゆく瞬間々々は、まるで新しい命の誕生のようだった。その組曲のまあだ先の初演の日まで、次の1年を合唱団と共に過ごすことが今から楽しみになった。
上田さんとのコラボで初めてできた組曲が、『逢いたい―いのちの日々かさねて』。東日本大震災から10年の2021年、9月11日に多賀城市文化センターでのレクイエムプロジェクト仙台のコンサートでお披露目された。震災や原発事故の被災地の取材で出会った人々の声、その身と古里に起きた出来事が、ひとりでに詩になった。仙台から、その組曲は東京、大阪、京都、長崎…などで地元初演を重ね、歌いつながれている。
それから新たに依頼された2作目は、難しかった。廃墟の町々の跡は嵩上げされ、家や建物は再建され、新しい防潮堤が建ち、しかし古里や家族をなくした人の心の傷は癒えることなく、「復興」をいまだ誰も見たことはなく、「希望」は懸命に手探りされている。その「今」をどんな詩にできるのか―。迷いの岸にいた私の背中を、前へ押してくれたのは、やはり上田さんだった。そんな日々も、新しい歌との出合い、その響きの中に溶けていった。