極・私的〈オフコース〉追想〜小田和正さん3年ぶりライブを前に

 コロナの日々を挟んで3年ぶりになる、小田和正さんの仙台公演(セキスイアリーナ)のチケットが届いた。前回は、抽選に当たりながら通知を手紙類に紛れさせて気づかず、トホホな事態になり、この度は厳重保管した。以下はライブを待ちきれぬ心に去来した、かなりマニアックな私的追想。つい長文にもなり、どうぞ、オフコースにご関心ある方…
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 ひょっとして御歳七十四だろうか。ほぼひと回り下ながら、心身共に弱っちくなる我が身と比し、すごいの一言だ。コロナ禍のブランクを乗り越え、このほど新アルバムを出し、全国ツアーに耐える声と身体をつくるのに、どれほどの努力を重ねてきたのだろう。その姿勢に驚嘆する。
 男はフォークかロックか、と言われた高校時代から、人知れずオフコースを口ずさみ、大学生になっても「めめしい」との偏見暴論と闘い、「Song is love」や「Junction 」「Fair way」が発売されるたびにレコード店に走った。小田さんの深く柔らかなリリシズム、鈴木さんの洗練されたリズム、その二人の極致のハモリに酔いしれ、この時代までの曲は今でもソラで歌えるほどだ。
 「ソフト&メロウ」を極めた2人組時代は、しかし、忘れもしない大学卒業の年が明けて間もない朝に終わりを告げる。目覚ましがわりのFM東京から流れた小田さんの「やさしくしなーいで きみはあれーから」というソロに続く、賑やかなバンドサウンド溢れる新曲(愛を止めないで)に、文字通り夢を破られた。「なんじゃこりゃ!?」
 新アルバム「Three &Two」もタイトル通り、小田、鈴木のバックにいた3人組が表ジャケットを飾り、路線変更は明らかに。その理由が分からないまま、オフコース愛というか熱は冷め、アルバムが出れば買うけれど、2人の新曲をチェックするだけに。あれほど流行った「さよなら」も、職場仲間のカラオケで歌わせると不本意だった。
 絶頂となったオフコース人気に理不尽を感じつつ、袂を分かった…はずだった。が、シャウトする小田さんからある日、痛切な心情の歌が聞こえた。それは路線転向後3枚目の「over 」のラストに並ぶ3曲。
 「哀しいくらい」の切羽詰まったような、異常な緊張感が伝わるギターの果てしない三連符、「言葉にできない」の高音を限界まで振り絞った絶唱、全てが終わり力尽きたような「心離れて」。一言でいえば、愛する者への悲しい呼びかけ、そして不条理に心を引き裂かれ、その末の別離と諦念。真情を吐露するごとき小田さんを、それまで知らなかった。
 一方の鈴木さんは、明らかに彼本来の持ち味ではないロックビートに、小田さん中心ののバンドの方向に無理をしているように聞こえていた。それは歌詞から。「誰かが言った まわり道してる」「いいさいいさ どんなやつでも負けたことがある」(一億の夜を越えて)、「ひとりつぶやく 何かがちがう ひとりつぶやく これでいいのか」「追いかけて手にしたものは 違うんだろう 悔しいんだろう」(メインストリートを突っ走れ)、「いつも一人 悔し涙流してきた男のことを あなたに伝えたい」(いくつもの星の下で)ー。2人時代にはなかった感情込もる歌が、レコードの向こうの見えない葛藤を伝えた。
 先夜NHKが放映した、絶頂期の武道館十日間連続ライブ(1982年)の最終夜。メンバーは淡々と完璧なライブ演奏をこなし、小田さん、鈴木さんとも2人時代と同様、おしゃべりもせず、表情も変えない。分裂の予感をはらんでいても、熱くならないのが彼らの不思議なところだった。しかし〜有名な場面になったが〜「言葉にできない」を、小田さんは歌うことができず、激しい感情が込み上げたように声を詰まらせた。バックの演奏が進む中で、冷静なコントロールを失いかけた小田さんの声は、最後の最高音をようやく張り上げた。
 ライブの後に放映された前年のドキュメント「若い広場」でも、2人は淡々と音づくりに没頭している。新顔3人組は成功体験に有頂天の様子で、おそらく解散など信じても願ってもおらず、ひたすら小田さんについていきたかったのだろう。
 そして、鈴木さんは脱退する。翌1983年、ずっと構想を温めていたのだろう、ソロアルバム「sincerely」を出す。ラベンダー色のきれいなジャケットのレコードで、針を落とした瞬間から、彼が本当にやりたかったことが伝わってきた。「僕と海へ」「入り江」など穏やかで美しく、メロウな大人の歌が並ぶアルバムが、私は今も好きだ。そこからは、オフコースの2人時代最後の「fair way 」から続くはずだった〜バンド路線ではない〜もう一つの未来が聞こえてくる。
 一方の小田さんは、高校時代からの盟友、信頼するパートナーの鈴木さんを失う予感の歌たちが現実となり、一時は解散も思い詰めたという。が、若いメンバーたちの熱意に引っ張られてか、4人でのグループ継続を選択する。喪失の悲しみを忘れようとしたのか、新しい目標、モチベーションを求めたのか。この時の小田さんの心境を私は知りたいと思う。しかし正直なところ、4人での第3期オフコースのアルバムはもう1枚も買っていない。曲も「緑の日々」とかを除けば聴いたこともなかった。もうオフコースは卒業、あるいは自分も一緒に解散したような気持ちでいた。
 小田さんと「再会」(あるいは私的和解?)をし、それから変わらぬファンになったのは2000年のアルバム「個人主義」を聴いて。すぐ河北新報のコラムに書くほど共感した。慰め、励ましや笑顔を歌うようになり、オフコース時代よりはるかに大きく懐深くなり、痛みを持つ人に優しく語りかける小田さんの歌は、以来、まっすぐに心に飛び込んでくる。
 古い友への変わらぬ思い(おそらく鈴木さんへの)を歌った「君のこと」(『どーも』)や「やさしい風が吹いたら」(『小田日和』)、東日本大震災の被災地への心こもるメッセージ「その日がくるまで」(『小田日和』)ー。どの歌も、何度聴いても飽きることなく、こちらも「あれから40年!」を旅してきた元オフコースファンの心に染み、かつて学生時代に歌った「僕の贈り物」や「愛の歌」、「心は気紛れ」と同じように口ずさんでいる。
 3年ぶりのライブで、あの「言葉にできない」を74歳の小田さんはどう歌ってくれるだろう。   (記憶違いありましたらご容赦…)