【バート・バカラック、逝く】
バート・バカラックが2月8日、94歳で亡くなった。中学生のころ、ビートルズよりも先に出会って好きになり、小遣いでアルバムを集め、六十ウン歳になった今も、アップル・ミュージックで飽きることなく、聴いている。
中学1年の頃か、初めて買った『REACH OUT』(A&M)。バカラック死去のニュースを聴いた後、実家に行った折に古いレコードラックから見つけた。一曲目に針を落とすや、♪リーチ・アウト・フォー三―♪(私へ手を伸ばして―)とじつに典雅で美しいメロディ、しかもカラッとしたサウンドとの妙にハートをつかまれた。
さらに、「アルフィー」、「ザ・ルック・オブ・ラブ(恋の面影)」、「アイ・セイ・ア・リトル・プレイアー(小さな願い)」…現在も世界中に流れ続ける名曲の洪水に溺れた。世間知らずの小僧がいきなり、都会の大人の女性に一目惚れしたようなものだった。
☆ ☆ ☆
次に買ったアルバム『Make it easy on yourself』では、ミュージカルナンバー「恋にさようなら」のコケティッシュな魅力が四六時中、耳から離れず、映画のサウンドトラック・アルバム『明日に向かって撃て』の主題歌「雨にぬれても」になると、もう学校で独り言のように歌っていた。
バカラックとオーケストラの日本公演(1971年)はテレビにかじりついて観た。そのダンディな風貌と指揮姿、「皆さんのイメージを壊さぬよう、曲の終わり方もレコードと同じに演奏します」、「好きなコード進行にはまらないよう、作曲にピアノは使わない」といった彼の生コメント、哀愁あふれる「ディス・ガイ」(『Make it easy on yourself』収録)の渋い声の弾き語りも忘れられない。
全盛期は過ぎたかと思っていた81年に、あの夢のように華麗な「ニューヨークシティ・セレナーデ」(「雨にぬれても」に続くアカデミー主題歌賞。歌はクリストファー・クロス)を大ヒットさせ、99年のコメディ・アクション映画「オースチン・パワーズ・デラックス」では、名盤『Painted from Memory』をコラボしたエルビス・コステロと一緒に、じつに楽しそうにサプライズ出演していた。
2000年代に入っても才能は枯れることなく新アルバムを世に出し、ああ、レノン=マッカートニーに並ぶ偉大な作曲家だったなぁ―と、いま感慨に耽っている。
カーペンターズが歌った「クローズ・トゥー・ユー(遥かなる影)」も、筆者は作曲者バカラックの演奏の方が浮かぶ(71年の『Burt Bacharach』収録)。曲のイントロで奏される乾いたミュート・トランペットの響き。その究極の心地よいサウンドは「バカラック風」という形容詞もできるほど普遍化し、世界中の音楽家に愛され、影響を与えた。筆者が大好きな小田和正さんもその一人だと思う。
☆ ☆ ☆
筆者が震災後の2017年、ブログ「Cafe Vita」に書いた〈K.ODAへの思い込み旅~「小田日和」③〉という考察めいた一文を、お読みいただけたら(以下は冒頭から引用)
〈どこか懐かしく、ずっと昔に聴いたアメリカンポップスの響きを、イントロを聴いた時から感じました。アルバム『小田日和』の2曲目にある「この街」。何だろう、何だろう、と気になっていました。
ギターやピアノでなく、ウクレレが軽やかに刻む3拍子のワルツ。合いの手に入る、”パパパッ パパパッ”という乾いたトランペットの三連符。「小田和正 YouTube Official Channel」に以前、「『小田日和』制作日誌」という動画を偶然見つけて、とても面白く興味深いものでした。そこで、作曲者本人が「この街」について、「バカラック風に」という話をしていたのでした(私の記憶が正しければ)。
バート・バカラックは(米国の作曲家)、私は中学校時代にテレビで初来日コンサート(71年)を聴いて、彼の独特の音楽に心を奪われました。オフコースのアルバムにも、確か『ワインの匂い』だったかに小田和正さん、相棒の鈴木康博さんのプロフィールがあり、そこに好きな作曲家として、レノン&マッカートニー、ミッシェル・ルグランらとともに、バカラックの名前が記されていたと思います。
小田さん自身の言葉に触れて、イントロのウクレレは、「雨にぬれても」~「Rain Drops Keep Fallin’ On My Head」(映画『明日に向かって撃て!』主題歌)の作曲家へのオマージュなのではないか、と合点がいきました。「この街」のその後の展開にも、やはりバカラックの名曲である「This Guy」や「 Living Together, Growing Together」の世界に通じるような、のどやかでヒューマンな響きが感じ取れます。〉
☆ブログの文章はさらに続く。興味のある方はぜひ― http://terafes212.blog.